・・・・そうであったのか!・・やはり・・。読み終わって暫く僕は呆然としていた。軽い目眩に目の前の風景が形を失い灰色の霧雨に変わっていた。疲れきって僕は、手に負えそうもない重い時間の茫々とした渦の流れに漂っているのを感じていた。渦の中心は見えなくて、S..I..氏や彼の兄、その兄と共に死んでいった名も知らぬ若者達、その恋人、その家族、そして数知れない人間の群れが巨大な渦のうねりの間に見え隠れしてはゆっくりと動いている様に思われた。此の重い時間の渦の見えない重力の中心に何が、何者が潜んで?光の凝縮なのか闇の凝縮なのか・・不思議なことに菩薩像も白い蓮の花も僕には見えてこない。一体何処へ消えてしまったのだろう。渦の中心に呑み込まれてしまったのだろうか?
・・・僕の目の前で大きな薄紅色の紫陽花が雨に濡れていた。濡れながら小さい花弁の水滴が光っている。ひとつひとつが虹色に煌めいている。僕の心が濡れている。長い長い渇きの後に心が濡れている! 濡れながら虹色の光を帯びていく。
・・そうであったのか! やはり、・・僕の心は渇ききっていたのだ。心の渇ききるのを我慢してまでも、濡れるのを拒み続けてきたのだ。なにもS.I.氏に対してだけではない。人間情念に纏いつく湿っぽい一切を嫌悪してきたからなのだ。然し今は違う。僕は濡れている。・・
なのに湿っぽさもなく濡れている。乾れながら濡れている。
白州が濡れている
乾れながら濡れている
乾れながら濡れている
枯山水に雨が降る
白砂の上に虹がたつ
白砂の上に虹がたつ・・
彼に会おう。竜安寺の庭で彼に会おう。
―――――――
終