2007:、私の心象スクリーンに浮上してくる「観世音菩薩」のイメージは何処より生じ、どの様な形象の菩薩像に結実するのだろうか?・・・
初めにこの仕事を請われ既に二年の歳月が過ぎていた。イメージを求め未知の山野を彷徨う日々、ようやく私の想念に浮上しては去来する「菩薩」の姿は、朝靄を透して衆生と共に祈る女人菩薩の立ち姿であった。菩薩は東雲(しののめ)の虚空に住まう大いなる存在に向かって静かに立ち、衆生と共に只管に「祈る」虚心の姿であった。やがて化身の菩薩は葛城・金剛の山嶺を背に磨崖仏となって衆生と共に祈る全体像に結ばれていった。・・・
―「祈り」とは何なのか?・・・それはシンメトリーの姿形によって己としての存在を超え、無の境地に祈念を求める行為であり形であって、本来、人間に内在する黙約であったのかとも?・・・その比い希なひとつの例として、唐招提寺の木彫仏、薬師如来像を挙げよう。これは753年、僧鑑真に伴って渡来した工人僧の作といわれる。鑑真が伝え弘めようとする仏法の真髄は、その木彫仏に内在する霊性の大きさで人の魂を包んで行く。鑑真は言葉を超えて遍く働きかける仏像表象の力を熟知していたに相異ない。
・・・人が祈りを喪失したとすれば?・・・「祈る」行為は本来、時代を超え普遍的に人類の心性に根ざした行為であったと思われる。それが希薄になり失われかけたことも多々あっただろう。しかしその底流さえも涸れてしまったとしたら我々の存在はどういうことになるのだろうか? 恐らくは荒野を彷徨う奇怪な群れでしか在りえないのではないのか?・・・とすれば二十一世紀は、地上に生きる誰もが多少なりともその畏れを抱かざるをえなくなった時代とでも言うべきかもしれない。
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